「フィジカルの化け物」はなぜ強いのか:体格・遺伝・才能を研究で分解する
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初挑戦で高重量を挙げる人、短距離で陸上経験者を負かす人——そうした「フィジカルの怪物」は、普通の人と何が違うのか?(個々の逸話を説明できる研究は収録していない。扱うのは集団レベルの傾向である)
研究から言えるのは集団レベルの傾向だけで、特定の誰かの強さを説明するものではない。そのうえで大きく2つに分けられる。①体格:体重・BMI、除脂肪量(脂肪を除いた筋肉・骨・水分の合計)、絶対的な筋力は互いに相関する。ただし「脂肪ではなく筋肉が効いている」という読み方は、除脂肪量を介した媒介も脂肪の独立した寄与も解析していない横断研究からは出せない。 ②遺伝的素因:ACTN3のR型アレルはパワー系のエリート選手にやや多い(オッズ比1.21)。ただしこれは集団レベルの関連であり、素因と環境がどの割合で効くのかを比べた研究は本記事に収録していない。
「体が大きいほど強い」は、研究でも相関として出ている
18〜30歳68名を調べた横断研究では、BMIが高い人ほどレッグプレスとチェストプレスを合わせた最大筋力(絶対値)が高かった(BMIと最大筋力の相関 r=.49、p<.001。この数値は抄録ではなく全文の Table 5 に載っている値である)。体重・BMIは除脂肪体重(脂肪を除いた筋肉・骨・水分の合計)と強く相関し(r=.70〜.80)、その除脂肪体重も挙上重量と相関していた(r=.35〜.55)。つまり同研究が示したのは、体格・除脂肪量・絶対筋力が互いに相関するというところまでである(ten Hoor ら 2018)。除脂肪体重は筋肉だけの量ではなく骨や水分を含むうえ、この横断研究は除脂肪量を介した媒介も脂肪の独立した寄与も解析していない(実際に媒介分析にかけられているのは筋力ではなく、筋トレへの態度・意図・動機づけである)。なお、これは絶対筋力の話で、体重で割った相対筋力とは別問題である。
- r=.49
- BMIと最大筋力(絶対値)の相関(全文 Table 5)
- r=.70〜.80
- 体重と除脂肪体重の相関
「太って見えて中身が違う」力士の正体
その典型が力士だ。プロ力士37名・ボディビルダー14名・非鍛錬者26名を比べた研究では、力士の除脂肪体重はボディビルダーより大きく、6名は100kgを超え、最大は121.3kg(身長186cm・体重181kg)だった。体脂肪率は力士26.1%・ボディビルダー10.9%で力士のほうが高いのに、脂肪を除いた量(除脂肪体重)では力士が上回る(Kondo ら 1994)。同研究が示しているのは、体脂肪率が高くても除脂肪量ではボディビルダーを上回る集団が実在するというところまでである。著者らはさらに、除脂肪量を身長で割った比率には 0.7kg/cm 程度の上限がありうると示唆している(観察された最高値は 0.66kg/cm)。
- 121.3kg
- 力士の除脂肪体重の最大値
- 6名
- 除脂肪体重100kg超
- 26.1%
- 力士の平均体脂肪率
瞬発力には遺伝が絡む:いわゆる「スプリント遺伝子」
一方で、体格では説明しにくいのが「瞬発力」だ。ここで登場するのがACTN3遺伝子。速筋線維(速く強く収縮するがすぐ疲れる筋線維)で働くタンパク質α-アクチニン3をコードする。44研究を統合したメタ分析では、この遺伝子のR型を持つ人はパワー系エリート選手にやや多かった(オッズ比1.21、95%CI 1.07〜1.37)。女性ではR型アレルのオッズ比が1.58(1.21〜2.06)と大きく、男性で有意だったのはRX遺伝子型(1.14)のほうで、有意になったモデルが男女で異なる。ただしオッズ比1.2前後は関連としては小さく、著者ら自身が「有意な効果の大部分は外れ値処理の結果」と但し書きを付けている(Tharabenjasin ら 2019)。素因の存在は否定できないが、個人の競技力を占える大きさではない。
- OR 1.21
- R型とパワー系エリートの関連(全体)
- OR 1.58
- 同・女性での関連
筋肉の「ブレーキ」が外れた者たち ― 動物とヒト
もう一つの遺伝の話が、筋の成長を抑える方向に働くタンパク質「ミオスタチン」だ。Schuelke ら(2004)は、ミオスタチン遺伝子を働かなくしたマウスで骨格筋量が2倍になることを背景に挙げたうえで、筋肉の発達した小児にミオスタチン遺伝子の変異が見つかったことを報告している。ただしこれは単一症例であり、一般の人に当てはまるものではない点は強調しておきたい。
- n=1
- ヒトの症例報告(まれな変異)
では、凡人はどうすれば? 才能は「素因 × 環境」
整理すると、この記事が収録した研究から言えるのは2つだけである。除脂肪量が大きいほど絶対的な筋力は高いこと、そしてACTN3のR型アレルがパワー系エリート選手にやや多いことだ。収録している握力の大規模コホート(PURE研究)も、握力が低いほど死亡・心血管イベントが多いという関連を示したものであり、著者ら自身が「筋力を高めることが死亡や心血管疾患を減らすかどうかは今後の検証課題」と明記している。分かっていないのは、素因と環境がどの割合で効くのか、そしてトレーニングで動かせる範囲がどこまでかである。
訂正履歴訂正5回・撤回した原文7件
公開後に撤回・訂正した内容です。本文は現在の知見だけを書いています。何をどう直したかを確かめられるように、経緯をここに残しています。
- 「重い人が強いのは一緒に増えている筋肉量による」「主役は脂肪ではなく脂肪の下の筋肉量だ」という読み方を撤回した。除脂肪体重は筋肉だけの量ではなく骨や水分を含むうえ、ten Hoor ら(2018)の横断研究は除脂肪量を介した媒介も脂肪の独立した寄与も解析していない(実際に媒介分析にかけられているのは筋力ではなく、筋トレへの態度・意図・動機づけである)。結論の英文も同じ趣旨に合わせて直した。
撤回した原文1件
公開されていた本文の文字列です(運営者による要約ではありません)。現在の本文に残っていないことは、ビルドのたびに機械で検査しています。過去の公開内容に含まれることは、変更履歴の全体と突き合わせる検査を用意していますが、これは全履歴が必要なため公開ビルドでは自動実行していません。どちらの照合も、また上の表示も、強調の印(アスタリスク2つ)と改行・空白の違いは無視します。1件に複数の記述が含まれる記録もあるため、件数は原文の件数であって撤回した主張の数ではありません。
つまり「重い人が強い」のは、体が大きくなる過程で一緒に増えている筋肉量による——という読み方になる
- 力士の研究(Kondo ら 1994)から、特定の個人が初挑戦でベンチ100kgを挙げた理由と熊やイノシシが力強い理由を説明していたが、どちらも同研究が扱っていないため撤回した。同研究が示しているのは、体脂肪率が高くても除脂肪量ではボディビルダーを上回る集団が実在するというところまでである。
撤回した原文1件
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この「見た目より中身の除脂肪量が多い」構造で説明がつく。生物学的に見て熊やイノシシが力強いのも、突き詰めれば絶対的な筋量が桁違いに大きいからだ
- 個別の短距離の勝敗をACTN3のメタ分析に結びつけていた記述を撤回した。同メタ分析が扱っているのはエリート選手集団におけるR型アレルの頻度の偏りだけで、特定の個人の遺伝子型も競技条件も勝因も扱っていない。
撤回した原文1件
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「陸上の日本記録保持者に短距離で勝つ」ような瞬発力は、こうした素因が絡む領域だが、遺伝子1つで決まるわけではない
- ミオスタチンの節で書いていたベルギーブルー牛・マイティマウス・機能喪失変異という記述と、「動物が生物学的に強い背景の一端がここにある」という一文を撤回した。いずれも Schuelke ら(2004)の記述から確認できなかった。
撤回した原文2件
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二重の筋肉を持つベルギーブルー牛や、筋骨隆々の「マイティマウス」がその例で、2004年には生まれつき極めて筋肉質なヒトの小児の症例(MSTN遺伝子の機能喪失変異)が報告された
動物が生物学的に強い背景の一端がここにある
- 締めくくりで書いていた2点——「遺伝子の効果量は小さく、環境要因にも大きく左右される」と「自分の除脂肪量を着実に増やすほうが実利が大きい」——を撤回した。遺伝と環境の寄与を比べた研究は収録しておらず、握力のコホート(PURE研究)は関連を示したもので、著者ら自身が筋力を高めることが死亡や心血管疾患を減らすかどうかは今後の検証課題だと明記している。
撤回した原文2件
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遺伝子の効果量は小さく、筋肉のつきやすさや筋線維の性質は環境要因(どうトレーニングするか)にも大きく左右される
握力のような単純な筋力指標が将来の健康とも結びつくことを踏まえれば、「怪物」に憧れるより、自分の除脂肪量を着実に増やすことのほうが、多くの人にとって実利が大きい
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